どーも、めみぃです。
この記事を書いている2021年10月20日現在。
急な肌寒さに秋の気配をビンビンに感じて、センチメンタルな感情になっているめみぃです。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
秋になると、なぜだか本が読みたくなるのです。
カフェのテラスで本を読むのが気持ち良い季節ですし、ブランケットで温まりながら自宅のソファで読む本もまた格別です。
”読書の秋”とは、どこの誰が言いはじめたのか存じ上げもしませんが、こうなると拍手を送らずにはいられません。
そしてそして、秋は食いしん坊たちが騒ぎ始める季節でもあります。
”食欲の秋”とは、どこのd…(以下同文)。
あったかほくほくした気持ちで、おいしいごはんの本を読む。
この上ない幸せが秋には存在するのです。
おすすめお料理エッセイ5選
サンドウィッチは銀座で/平松洋子
著者の平松洋子(ひらまつ・ようこ)さんは、フードジャーナリスト・エッセイストとして世界各地を取材しながら、”食文化と暮らし”をテーマに執筆を行っています。
なんだかものすごい説得力…。
さらに、随所に散りばめられた漫画家谷口ジロー(たにぐち・じろー)さんの挿画が、余計に読者の想像力と食欲を掻き立てます。
平松さんの、食への飽くなき好奇心は「銀座の絶品サンドウィッチ」から「各社の社員食堂」にいたるまで幅広くその時代の味を追い求めています。
鎌倉で精進料理を食べ、料理の手間ひま・苦労に感謝しながらいただくのも大切な味わいのひとつなのだと肝に銘じ、
「たいめいけん」では「オムライスを食べながら別れ話はできない」という名言を生んでしまう、オムライスの真の価値に触れることに…。
皆で肩を並べて座り、おなじ釜の飯を食べ、ビールを注ぎ合う。
はじまりからおしまいまで、だれにも邪魔されずひとり鍋を楽しむ。
どんな状況においても、とにかく目の前の料理と真剣に向き合う。
そんな著者の、食に対する姿勢と食への愛が、表現ひとつひとつから伝わってくる一冊です。
幼少期に賑わいを見せていた食堂が閉店するときには、またひとつ大切な場所を失ってしまうようで寂しさがこみ上げてきたりするものです。
味わいのなかには、かならずよい風景がある。
サンドウィッチは銀座で/平松洋子
数百年つづく味があれば、誰もが数百年食べ続けられると信じていたのに、道半ばで途絶えた味もあります。
また、強い意志に支えられて、よみがえる味もあります。
それらの味は、私たちが好奇心と胃袋を引っ提げて果敢に味わっていくことで、本当の意味で守られていくのかもしれませんね。
いとしいたべもの/森下典子
ルポライター・エッセイストとして活躍する森下典子(もりした・のりこ)さんのおいしいエッセイ集です。
一口食べ、その食べ物の味や匂いに触れた瞬間に、昔どこかで感じた楽しさや切なさが全身から立ちのぼってくること、ありますよね。
心の片隅に眠っていた懐かしい思い出が蘇ってくるような感覚。
そんな、誰もが覚えのある体験をユーモアに満ちた視点と、心あたたまる絵で届けてくれる一冊です。
日本に住む誰もが一度は食べたことがあるであろう「サッポロ一番みそらーめん」。
我が家でも、休日のお昼の定番でした。
そして、今でも「サッポロ一番みそラーメン」を食べると、幼少期の昼下がりの記憶が蘇ります。
それが、ある人は受験期の夜食の記憶かもしれないし、恋人との別れの記憶かもしれません。
人によって異なる瞬間の記憶が、一つの料理によって共有されると思うと、とっても不思議です。
大衆が愛する味には、その味を通じて、無数の人々と合意し、共感し合えるという大きな安堵感がある。
いとしいたべもの/森下典子
これこそが料理のもつ力のひとつですよね。
炊き立ての炊飯器を開けたあの瞬間の香り、母の手伝いをして作ったポテトサラダの味、夜中無性に食べたくなるカップ麺。
誰もが一度は感じたことのあるそんな感覚、さらには食べ終わってしまった瞬間のあの虚しさまでが、森下さんによってぴちぴちの鮮度で表現されているのです…。
夜中に読んでしまったら最後、空腹を感じずにはいられないことでしょう…。
そんな私も、まんまと空腹の沼に陥り、夜中に卵入りの韓国ラーメンを食べたのでした。
んまんま あの頃、あの味、あのひとびと/犬丸りん
著者犬丸りん(いぬまる・りん)さんの字面にな~んか見覚えがあると思ったら、なんとあの「おじゃる丸」のキャラクターや物語を作っている方だったのです。
平日の夕方には、ほぼ毎日お会いしていた字面ですので、どうりで見覚えがあるはずです。
そう知ってしまった瞬間から、表紙のイラストもおじゃる丸にしか見えなくなってまいりました(おじゃおじゃ)。
私たちの幼少期を支えてくれた犬丸りんさんの、笑えて、おいしく、懐かしい、たべものエッセイ集です。
初めての回転すしで、椅子から飛び降り寿司を迎えにいった幼少期。
顎に張り付いたホットミルクの”膜”とともに去っていった初恋。
にしめと黒豆を煮ながら、一人暮らしのトイレに閉じ込められてしまった大晦日。
思わずくすっと笑ってしまうエピソードが盛りだくさんです。
食べ物にはいろんなおいしさがあり、おいしさにはいろんな思い出が詰まっているもの。
それだけ食べ物は、私たちの生活に溶け込み、寄り添っているものなんですね。
嫌いな人参を姉が残して母に怒られている横で、私は決死の思いで丸のみして抜け駆けしたなあ…。
広島旅行で食べた牡蠣フライ、その美味しさに思わず皆でだまりこんじゃったなあ…。
国家試験を終えて1人で黙々と食べた納豆ごはんの味は格別だったなあ…。
誰と、どんな、食事をするのか。それはどう生きたいのか、につながりそうです。
んまんま あの頃、あの味、あのひとびと/犬丸りん
ああ言えばこう食う/阿川佐和子・檀ふみ
阿川佐和子(あがわ・さわこ)さんと檀ふみ(だん・ふみ)さんが食をテーマに綴った往復エッセイです。
食とともに蘇る思い出にはおいしいものがたくさんありますが、中には苦い思い出も紛れているもの。
家庭の食卓での嫌な思い出、学校給食での辛い思い出、恋愛における苦い思い出…。
やはりそれだけ食べ物が、私たちの生活に溶け込んでいるということなのでしょう。
このエッセイを読んで紐解かれた謎がひとつありました。
お二人が未だ独身を貫く(大きなお世話)その理由には、食がおおいに関係しているようなのです。
そんなお二人の体験談が、赤裸々にユーモアあふれるやり取りによって語られています。
メニューを決めるのが遅くても、マナーが少々悪くても、「おいしいね」とニンマリ頷き合える仲ならば、それでじゅうぶんだ。
ああ言えばこう食う/阿川佐和子・檀ふみ
「これはおいしい」、「これはちょっと甘いね」
そんな風に気持ちを共有しながら同じ速度で食事が食べられる。
それって、とっても幸せなことです。
けれど、それがいちばん贅沢なことだったりもするんですよね。
友情で結ばれた二人の才女による罵倒の数々が痛快で、なぜか心地の良い一冊です。
”食”をテーマに始まった往復エッセイが、あっという間に脱線していく様にもぜひご注目ください。
巴里の空の下オムレツのにおいは流れる/石井好子
お料理エッセイで知られる石井好子(いしい・よしこ)さんの代表作。
石井さんが戦後まもなく渡ったパリで出会った料理と、料理を囲んだ仲間との時間がぎゅっと詰まった一冊です。
石井さんがフランスで暮らしていたのは1950年代。
フランスの古き良き時代を感じられるのも、この本の魅力です。
そして読み進めるうちに分かってきたのは、今も昔もフランス人の食いしん坊ぶりは変わらないということ。
そして、食への情熱は幸福度と比例するということ。
日本では、欲しい洋服を買うために少し食事を切り詰めるというようなことがよくありますが、フランス人は全くこの反対。
少々古びた洋服を着ていてもおいしい食事をしたいと願っています。
お腹がすいたとき、小さな子供はだだをこね始めますが、それは大人も大して変わらなかったりします。
それだけに、お腹をすかせて、湯気のたつ食卓に座るときの幸福感には特別なものがありますよね。
そんなこんなで、食に貪欲なフランス人の生活には、料理を通して幸せになるヒントがたくさん隠されていたのでした。
お料理はなんのきまりもないのだから、とらわれないことだ。それから自信をもってまな板に向うこと。こんな材料ではおいしいものがつくれる筈はないと思う前に、これだけのものでどんなおいしいものをつくってみせようかと考えるほうが幸福だと思う。
巴里の空の下オムレツのにおいは流れる/石井好子
食べる喜びと、その喜びを分かちあう喜び。そして、本を通してそれらに触れることで感じる喜び。
喜びの連鎖にどんどん吸い込まれて行く幸せ過ぎる感覚を、体感してみてください。
さいごに
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
お料理エッセイには、レシピ本として活躍するようなものもありますが、
今回ご紹介したのは、読んでいるうちに本文の中から料理の匂いが漂ってくるような、そんなエッセイです。
ほくほくと幸福な気持ちをぜひ味わってみてください。
おわりです!
それでは、またっ。
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